ごうまん、たかびしゃ と 恥
辞書には
<傲慢 ごうまん>
自分より人を下に見てばかにしたり
自分が他より優れていると思い上がっている
見くびって礼を欠く
<高慢 こうまん>
傲慢とほぼ同じ 自分の容姿や能力が優れてると思い込み 舞い上がって他を侮る 高飛車 マウンティング
あなたはこれを読んで 自分の中には全くそれはないと言えるだろうか?
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そう遠くない昔
人が人を 人として扱わない時代があった。
それは今も見えないだけで、
自分がそういう扱いをしている されていると自覚がないだけで
続いている。。。
私たちが育った昭和の時代も
差別的なもの
力による支配、圧力
持つ者と持たざる者
蹴落とし 裏切り 卑劣な成果主義の競争
愛情の欠落
など たくさん というか普通にあった。
子供ながらに違和感を感じながらも
自分を押し殺しながらも
でも
親や社会に
従わないと生きられなかった。 そういう人は多いと思う。
そして我慢がいつしか当たり前となってわからなくなった。。。
無意識の我慢は 体と心を蝕んでいく。。。
今思えば
一番底辺という位置だった「子供」の意見に
耳を傾ける人は誰もいなかった
子供は親の管理下にある 未熟なものってくくりだったし
女性の意見もあしらわれた。
その傲慢で黒くて重い時代を もう過去としながらも
嫌いながらも
悲しいかなそれは 私たちの中にもある
傲慢さをみて育った子は、
自分はそうならないと思っていても
結局それを見本としていて無意識の価値観となってしまっている
世の中をそうやって生きるんだ〜と学習しているから
認めたくなくても 浸透しているものだわ あーあ ^^;
文字にするのは難しいから とてもザックリ書くと
なんだかんだ 日本人の中に共通して傲慢さを見る。
西洋の文化にどっぷり浸かった国はそうなんだと思う。
そして、その傲慢さは私の中にもあった
そして、それはもう必要のない周波数
そして、リリースした
自分を緊張させ 焦らせ 苦しくさせ 何もいいことはない
もうその経験は卒業していい。
傲慢は依存的なものと結びつく。
傲慢な人に従うことで その見返りに物理的な依存を
それをお互いがどこかプラマイゼロみたいな感覚がある。。。
自分をもっと気持ち良くもちあげろ!と言わんばかりに
犬のような 従順さを要求する。
わかれ! わからせてやる!
男女問わず これは起こっている。
そして傲慢な人は おだてが好きというか 弱い
おだてかどうかを見抜くことができないとも言える おバカなとこがある。
傲慢さは 自信とは違うので
本当は自信がなく
人からおだてでも褒められて 自分を良しとする。
だから 騙されやすい。
だからそれに対し
したたかな依存者はいる。
おべっか使い すり寄っておこぼれを頂戴しようと
リップサービスも多め
犬のような従順さを求めながらも
とにかく私を特別扱いしろ という本音をくすぐるのだ。
傲慢さがある人の共通点は
「人を粗末に扱う」
そして、人を粗末に扱う人は
自分自身も粗末に扱っている。。。
心❤️ハートに触れることをせず
物理的な成功や形 表面上の評価をキープしようと必死
物理的なものがなくなってしまうことは恥だし怖いからだ。
人よりすごくないと みっともないから
自分がいつも人を見下してるように 自分が見下されるんじゃないか
が、頭から離れない。
時には傲慢が生み出した副産物もあるだろう
だから善悪ではない
ただ、傲慢さが前面に出ていれば
永遠に心に触れることはないだろう。。。
でも そういう自分を自分で認め理解し、
恥ずかしいと感じる自分を受け入れ
傲慢さを手放して 自分を愛そうという思いがあれば
やっと方向は変わる✨
それは あなた次第で
あなたが決めればいい
一つ言えるのは
傲慢でいると 苦しい状態はエスカレートする。
この傲慢さは 書きかけては書き直し と
なかなか文章にするのが難しかったな
ちょっとスッキリ 笑
mahalo