五十にして天命を知る。には屈する我慢をやめよう

今までできたのに もうできなくなった・・

 

それは

体力の衰えからきているものだけじゃない

 

「もうやりたくない!」

という内側からの声かもしれない

 

声というか 叫び みたいな

 

もういやっっっっっ!したくない

 

もうやめて もう苦しいことはしないで 

わたしを大切にして  お願い。。。

 

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共通な認識として私たちの中にある

歳をとって 

体力が衰えて

それによって気力がなくなって・・・

 

気合いを入れねばと思っても

前できてたことに気力さえなくなる

 

若ささえあれば・・

体さえ動けば・・

 

もう歳だな と あきらめ

自分をポンコツ扱いし

 

結局 親もそうだったし 人生なんてそんなもんじゃ。と言い聞かせる。

 

 

でもある時ふと思ったんだ。

 

長いけど よく読んで欲しい。

 

魂を内包した肉体を持って生きる私たちは

 

生まれてからずっと この物理社会に生きることを教わり 

なんとか身につけようと必死だ

 

幼少期は舌を使いいろんなものをベロベロ舐めまわし、

 

口腔の感覚と物理的なものを結びつけ認識を深めてゆく。

 

そしてだんだん言葉を覚え 食べると排泄を覚え 

つかまり立ち世の中が立体である認識をしてゆく

 

子供の頃は魂的でスピリチュアルな部分が大きいので 物理的世界の狭間で

 

感覚と感情と好奇心全開で

時に親たちを驚かせる。

 

でもだんだん自分が生きてゆく上で

物理社会のルールと規則を守ることが一番大切なんだ。と周りから学ぶ。

 

言う事を聞く いい子にならなければ、お母さんが悲しむ(無意識だが)・・・・と

 

反抗が抑えられない子もいる(でも我慢だけになるよりまだ幸いかも知れない)

 

親を観て 周りの人を観て 

そうやっていろいろ観察して場を読んでどのように振る舞うか学び

 

環境に順応しようとする。

 

そして、迷惑をかけないように。

 

 

「魂の声」よりも「大脳の思考」が占めてくる。

 

怒り辛い苦しい悲しいを封印して

 

理不尽なことや 矛盾を抱えながらも

 

なんとか肉体を存続させることに徹してゆく。

 

そして葛藤の中

出来上がるのは ありきたりな疲れた表情の薄い不安だらけの大人。 

 

我慢がベースになっている事さえ わからなくなっている。

 

しちゃいけないことと しなきゃいけないことだらけで

したいこと にフォーカスする事を知らないで育つのだ。

 

だから、だんだん息が苦しくなってくる。

 

 

私も以前 自分の中の違和感が無視できないくらいになった

 

そんなある時 ふと不思議に思った

 

なぜ自分はこんなに疲れているのか・・・・?

なぜ世の中の人々はこんなに疲れているのか・・・?

 

 

 

例えばよ。

 

例えば、自然界の同じくらいの体格、体重の動物 ヒョウなんかは

とてもとても めちゃくちゃ力強い

 

しなやかで 底知れないパワーを感じる

同じくらいの体格なのに人間は なせそんなにパワーがないのか

 

みんなうなだれて街をゾンビのように歩き

 

居酒屋でくだを巻き やってられない!と「ごまかし酒」をあおる。

 

医療が発達してるといってるのに病人ばかり。

精神を病む人も 自殺も増えている。

 

 

我慢 制限 

生まれてすぐから その中で生きる

 

地球に生まれたからには それもゲームのルールのようなものだろうけど

 

ちょっと制限がキツすぎるのだろう

だから現代人は こんなに疲労困憊している

 

何かを以前のようにできなくなるのは

 

歳をとって体力がなくなって気力がなくなるだけ・・・

ではなくて

 

制限がキツすぎる中生きて、ストレスで早くから老化し

もう我慢がならないと言う魂の叫びに気がつくため体や精神がストップをかけている

 

じゃないかな

 

だから 以前のように我慢ばかりしなくてもいいよ!という

肯定的なメッセージとしてとるといいんじゃないかな

 

 

あなたも私も

物理社会で生きるすべはもう身につけたよ。

 

言葉も覚えたし包丁もどうやって使うか知ってるし 

時間を守る日本人の性分をよくわかっている その他色々もう十分。

 

だから今度は立ち返って 

 

あなたがあなたの魂に触れて生きてくださいと言う時がきてる

 

どうやって生きてゆくかわからない・・・・

何を自分がしたいのかもわからない・・・のは

 

物理から魂への意識の移行が起きているんだ。だから葛藤や不安はあるさ。ね。

 

だから迷いながらでも生きてください

それでいいと思うよ。

 

30代って いろいろ戦ってるしね。

 

「四十にして迷わず」 って言うけど

 

・・・迷うよね!(笑

 

めちゃ迷ってたわ。

 

でも、その迷いの中でおぼろげに方向性が見えてくる頃だと思う

 

ま、「五十にして天命を知る」 だから

 

50歳くらいになって自分の天命が見つかるでいいんじゃないかな

 

え、60、70過ぎたけどでもわからない!?

 

と思ってるのは思考の部分で

 

魂に聞いてみたら なんらか答えを持っていると思うよ。

 

そして今あなたが気持ちよく生きられているのなら

それは天命に沿っているんだという証拠じゃないかな。

 

気持ちよくなかったら(気持ちいいふりも)

それはそれで悪いわけではない。

 

どういう風に生きるかがあなただから。

 

そのまま行くもよし

軌道修正をしたいならそれもよし

 

 

胸に手を優しく重ねて

目を閉じて

自分の魂と呼吸を合わせて感じてみてください。

 

私たち日本人は特に 無意識の我慢に気がつく必要があるね。

 

我慢をゼロにしろというわけじゃない。

ただ、屈している我慢というのは減らしていかなければ自分の尊厳が守られない。

 

 

もし同じような我慢ばかりを強いる生き方を子供達に伝えるなら

それは酷だと 個人的には思う。

 

だからこそ

 

今いる大人が 自分を満たす事をする その背中を見せる必要もあると思う。

 

もういい大人になったあなたが

自分に立ち返り 幼い頃から満たされなかった

 

人生を楽しむ。地球を遊ぶ。人と戯れる。

力を借りる。声を上げる。表現をする。

 

 

これを子供たちとも一緒にできるといいね。

 

屈する我慢を捨てて、力を取り戻してください

 

mahalo