私は私がわからない・・・は

「わからない」をよく使う女性がいる。

 

わからないわからないわからない

自分がわからない・・・

 

「わからない」と言っていると わからない場が作られていく。

なもんで、ホントにわからなくなる。

 

 

でも、

わからない・・・より 今はわかりたくないのかもしれない。ね。

 

 

わからない・・・と言っていれば 現状を見なくて済む。それは、

 

やりたくない仕事だったり、

お金のために我慢してることだったり 

自分の健康の不安だったり、

ぎりぎり抑えている自分の重く固まった感情だったり、

家族のための犠牲になってる感だったり、

 

 

確かに 今そこを認めると プツンと緊張の糸が切れ

それ以上何もできなくなりそうで怖いかもしれない。

 

 

そして、そうなってしまった時の自分をも信じきれないから

「とりあえず」現状のまま を選ぶ。

 

それを失ったら終わり。。。損はしたくない。

 

 

そうではないかもしれない・・・とは とんでもない

思えない。

 

 

「とりあえず」が長く続くと 麻痺してしまう。

つらい・・・が 仕方ない・・・になり 

つらい状況を普通の状況と思わないと生きていけないから

と 最初は小さな嘘を自分につき あれよあれよと月日が過ぎてゆく。

 

 

 

 

いい意味で 人ってそれほど柔軟性があるとも言えるよね。

 

それでも、圧しているものは いつかその箱を開きまっすぐみる時が来ると思う。

 

 

どのみち選んでも 自由。

人にとやかく言われることでもない。

 

 

 

 

もし、自分がとても辛い時

辛くなくても な〜んかぱっとしないモヤモヤを抱えている時

条件的には何不自由無く日々が送れていたとしても

胸になんだか空虚感がある時  は

 

 

見つめてあげてほしい。

 

 

怖いよね ちょっと(笑

 

 

でもね、斜めからチラ見じゃなくて

胸に手を当て まっすぐ何があるかを。

 

 

すると気がつくかもしれない。

誰かにわかってほしいと思っていたものは

ほんとは自分にわかってほしい(認めてほしい)

そういうものだったと。。。

 

 

 

ほんとに自分をわかりたい

わかってあげよう!と そう意を発すれば

 

必ずそのように 周りが動き始めるのだ。

 

 

そうして自分をわかることの中に幸せがつまっていることが

深く理解できていく。

 

 

 

それとは違い

わからないわたしを慰めてほしい・・・私ってかわいそう の

わからない病に浸っていたい人の共通点は

 

 

将来のポジティブな意図がないこと。

 

今が これまでがこんなに辛かった・・・って話し しか しない。

 

 

本当に自分に向き合って生きていると

どんな 大変な状況の時でも それはさておいて

でも、将来はこうなってたい⭐️を 漠然とでも持っている。

 

 

現状をさておいてでも 何か明るい未来を描いているものなんだ。

 

だって 何か光りに向かってしか人は生きていけないから。

 

 

 

でも、それもわからない・・・

今は何も無い・・・・って言うなら

 

 

まだ そこに甘えていたい。だけ。

 

 

そういう時は そのわからない迷い子ちゃんのかわいそうな私を

味わい尽くしてください。

 

 

味わい尽くして飽きたら

他の方向に 意が向くでしょう。

 

 

 

あなたのタイミングでしか、ことは動かない。

 

 

でもあなたのタイミングが来た時

その新たな意図により 量子の場が作られ

じょじょに新しい現実が作られていく。

 

 

 

いつになっても遅いなんて無いから

大丈夫。

 

 

そしてもう「わからない」という言葉は使わない。

卒業だね。

 

 

mahalo