リミット(限り)あるということ

秋が深まってきましたね。

 

すごしやすい毎日 ずっと続けばいいな〜なんて思います。

 

 

最近 「死」について強烈に考えさせられ向き合うような事がありました。

 

「死」は普通に生きてるとそんなに意識するものではないし

 

まだずっと先のような感じだと漠然と思っていました。

 

 

考えてみれば不思議な事ですね。

 

いずれ全員必ず死ぬし、事故やケガに巻き込まれる可能性は、今この瞬間にもあるかもしれないのに

 

本当に身近に突きつけられないと「死」と向き合わないものなんですね。

 

 

 

「死」を見るとき 真剣に「生」を考えることが分かりました。

 

みんないつかは死ぬんだから な〜んて口で言ってても

 

頭で知っていた事と 実際に経験する事の「分かる」のあまりの違いにも驚きました。

 

 

 

景色も一変しましたね。どこを見ても何を見ても生命を感じます。

 

朝 自然に目が覚める不思議。

 

人にとって一番大切な水。そう 雨が降る不思議。

 

あ、スーパーで食材を買うのも 生きるためだったんだ。

 

なんて、そんなこと考えた事なかった。

 

植物や 動物たちの営みも以前よりまして躍動を感じます。

 

 

 

ここまで生きてこれたことも奇跡なんだな〜。

 

家族や友達が今日生きてて 目の前で笑ってる事にも奇跡で不思議にさえ感じます。

 

 

 

肉体にはリミットがある。

 

命というリミット。

 

 

 

リミット(限界、限り、制限、、、)

 

人はこのリミットがある中で肉体を通してでしか味わえない不自由を味わうために産まれてくる。

 

そう何かで読んだ事がありますが、本当かどうか 今の私にはわかりません。

 

 

でも死んで肉体の無い魂に戻る、 リミットが無い世界に戻るのなら

 

全くその逆のこの世でのリミットを楽しむのも

 

魂の経験 宝ものになるのでしょう。

 

 

楽しい事、つらかった事 どちらも宝物で、

 

チャレンジや経験したかったのに勇気がなくてしなかったということが後悔となるのでしょう。

 

 

リミットのある肉体 

 

いくら食べることが好きでも食べられる量はリミットがあります。

 

走るのも、高くジャンプするのも、泳ぐのも

 

寝るのも、移動するのも、お酒を飲むのも 永遠に続けることはできないのです。

 

朝日が昇り 日が沈み 月は闇の中でしか輝けません。

 

 

 

リミットの中で私たちは寿命まで日常を繰り返す。

 

リミットがある肉体でも想像力、創造力だけは自由でリミットが無いような気がします。

 

 

 

神様は高性能なリミットがある肉体を与えてくれて 

 

大切なのは規則や人の目、常識というリミットに捕われすぎない

 

「自由な心」だよ わかって〜!と教えてくれているようです。

 

 

 

小さい事にこだわりすぎ生きるの事こそ 命の無駄使いなのかも と感じます。

 

楽しむ 幸せを感じ生きる とは命には美水なのでしょう。

 

 

 

家族を持ったり 会社を経営したり、

 

楽しい事も煩わしい事も含まれるこの営みこそが人の生命力。

 

誰か(何か)を守るために私は死ねない。は最強なのだということもよくわかりました。

 

 

 

でも、生き方は人それぞれ。

 

 

今回のとてもつらいけど貴重な体験を通して感じた事

 

花開いて たくさんの人の役に立ちますように祈るかぎりです。

 

 

そして、仕事があるということはとてもありがたいことですね。感謝。

 

 

mahalo

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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